地道

5月14日、新人早明戦。16年ぶり勝利を告げるノーサイドの笛、スタンディングオーベーションで拍手が沸き起こった部員席横のベンチで一人、溢れ出る感情を抑えきれずに顔を手で覆っていたのが2年生PR・池田裕哉選手。

「浪人期間も長かったですし、僕はメイジのセレクションに落ちて早稲田大学に来て、メイジに勝つ事を目標にやってきたのでまだ新人戦ですけど勝てたことが嬉しくてこみあげてしまいました。」

と照れ笑い。明大中野中から明大中野高に進み、高校2年生時に花園出場、3年生時には副将を務めます。約束されたかのように思えた紫紺の未来でしたが大学入学時に行われたセレクションで不合格、その時の状況を振り返ります。

「高校の最後をいい形で終われなくて、ラグビーがイヤになってしまっていた時期でした。(高校ラグビーを引退後)久しぶりにラグビーをやらなくてよくなったので、トレーニングをやっていなくて体がなまっていた状態で何となく(セレクションに)入ってしまいました。」

付属校からの進学、心の片隅にあった甘えを反省します。それでも大学でラグビーを続けたい、日本一になりたいと強豪校でのラグビー継続を考え始めた時に相談したのは明大中野から筑波大に進んだ一学年上の今井快選手。

「メイジ以外の選択肢を知っている方。わざわざ浪人して入るのだったら早稲田とか慶應とかに行った方が良いのでは?…と言われました。相良さんの1年目の時の対抗戦の早慶戦とかを見て、強いワセダだなと…このチームでやりたいなと思うようになりました。」

明治大学で単位を取得しながら、自分でアルバイトをして受験費用を稼ぐ生活。ところが早稲田受験は1年目、2年目と続けて不合格、明治大学3年生を迎える春に一つの決断をします。

「(明大中野に)中学入試で入っているので6年間入試の勉強をしていない状況でしかも独学だったので全然ダメでした。コロナの時に一回休学して…休学なら(明治大学の)学費もかからないので、それで最後に予備校に入らせてもらいました。」

3浪の末にようやく届いた合格通知。ところが早稲田大学に入る事に集中して勉強漬けの生活を送っていたため、ラグビーは勿論、体を動かす事も全く出来ておらず、合格通知から3週間先に迫った新人練習に向けて慌ててトレーニングを開始します。

「浪人生活中で体がすごい太ってしまって…。ブランクがあり過ぎて全然ダメで、周囲と凄い差を感じました。とりあえず『辞めろ』と言われるまでは毎日行こうと。毎日筋肉痛で歩くのすらできないくらいでしたが、全力を出そう、目の前の事に集中しようと。何時間でもやる思いでした。」

厳しい新人練習を終え、入部の許可が下りたもののその時の感情を聞くと、意外な答えが返ってきます。

「いつもの年だったら入れていないと思います…。(入部は)嬉しかったのですけど、僕みたいな…124キロ、こんなヤツが入っていいのかなと…。申し訳ない気持ちの方が大きくて…。」

それでも3年かかってようやく始まった大学ラグビー生活、与えられたチャンスに感謝しながら日々練習と向き合います。

「PRというのは毎日地道なことをちゃんとやれば結果にでるポジションだと思っているので、ミスのセービング、タックルとか当たり前のプレーを直向きにやることを大切にしています。」

迎えた2年生の春、徐々に手応えを掴みます。

「去年はめちゃくちゃで、いつも押されてばかりだったのですけど、今年に入ってからジュニアチームにも入って、じっくりスクラムも組めるようになって経験値が増えたので自分の形を出せるようになってきた。」

この日の新人早明戦でも自己採点で「90点」と話すスクラムを安定させ、そこからBK陣が何度もゴールラインを駆け抜けます。全9トライをBKで記録、フィールドを駆け回ったBK陣を差し置いて、相良昌彦主将は試合後の全員での円陣、手締めの前に池田選手を呼び寄せ、全員の前で話すように促します。

「彼のエナジーを感じた一日。スクラムであれだけイーブンに持っていけたのは池田のおかげでもあると思いますし、メイジに対して特別な思いを持っいる彼がワセダとして戦って、メイジに勝った。彼のストーリーで完結させたかったので。」(相良主将)

笑顔で全部員の前に出た背番号3は、仲間への思いを口にします。

「3浪してメイジを倒すためにワセダに来て、それでメイジを倒せたことは嬉しかったです。でも僕の力じゃなくて、入ってきてすぐなのにチームに馴染んで戦えた1年生が居てこその結果、1年生に感謝したいですと言いました。」

次なる目標はアカクロのジャージを来て、紫紺のメイジを倒すこと。この先のステップアップに向けて課題を話します。

「まずはフロントローはセットプレーを安定させることなのでもっと自分の強みにしていきたいです。プラスでボールキャリー、ディフェンスがまだまだ足りないと思うので、そこを鍛えていきたいと思います。」

明大中野時代の同級生は今春、一足早く社会人に。まわり道の末に辿りついたスタートライン、青春の物語を一つずつ地道に積み上げていく日々が続いていきます。【鳥越裕貴】



試合後、笑顔を見せるPR池田裕哉選手。明大中野時代の後輩、メイジの小林瑛人主務とも談笑。「彼は細矢聖樹(2年)の中学の先輩なのですが、3人で話している時、僕と聖樹がタメ口で話しているのを不思議そうにしていました(笑)」

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